2009年11月11日

レファレンスのコスト・パフォーマンスをどう高めるか

図書館の<高度なレファレンス>は官のサービスとして質が高すぎ(コストがかかりすぎ)ではないか、という発言が、大阪府立図書館への市場化テスト導入を巡る記者会見で知事からありました。
このことについて「レファレンスのコスト・パフォーマンスは、図書館サービス全体にそれがどう反映され、どれだけの市民に還元されているか…という観点から計られるべきである」という反論を考えてみました。

図書館のレファレンスが<一個人の質問に対しての回答>で終わってしまうなら、かかった時間×職員の時給、という計算でいいでしょう。
しかし、私が日々行っている業務を考えるとこの計算は成り立ちません。
一つのレファレンスから派生して、様々な業務が生まれているからです。

一例をあげましょう。
先日も、2日間国会図書館に通って官報をつぶさに見たが欲しい情報を探しきれなかった…というビジネスマンが当館に来ました。
求めているのは「個人の破産情報」であると聞き、私は全文が検索できる官報情報検索データベースを使い、数分で求める情報を見つけました。
もちろん、これらの情報は国会図書館にもあるものです。
しかし、国会図書館は個人利用に重点を置いた施設ではないので、人的ナビゲーションが十分ではなく、あるはずのものが探せない…ということが往々にして起こるのです。

このケースが重要なのは、そこで行われている市民の情報探索の自立支援です。
私が数分で行ったのは1件の調べ物の探索時間の短縮であるとともに、<官報情報検索データベースの存在と利用方法を知らせる>という調べ方の案内でした。
このことで、彼は今後の同種の情報探索にかかる時間を大幅に短縮し、その時間を情報の活用というビジネス活動に振り分けられるようになった…ということになります。

平均単価1万円の高価な専門書は、ただ棚に置いてあったのでは一部の専門家のみにしか存在を知られず、また、全くの素人には使いこなせないものです。
しかし、そこにどんな情報が載っているか職員が知っていれば、求める市民の声に応じて必要なページを開き、情報を提供することができます。
これがレファレンスです。
1万円/1人という資料に対する投資を、1万円/全ての市民にする費用対効果の高いシステム整備がレファレンスという「人的ナビゲーション」なのです。

これは、持っている資料に限った事ではありません。
優れた図書館員は、自館で何ができないかを知っています。
利用者の求める情報は自館では提供できないと瞬時に判断するや、次の段階(ネット上の代替情報の提供や他機関への紹介・照会)へと進みます。
資料費が十分でない図書館ほど、優秀なナビゲーターの存在が必要です。
今ここになくても次はどこに行けばいいか…という情報提供が、市民の情報アクセスを保証し、情報チャンネルを拡大し、図書館に対する信頼と満足感を高めるのです。

また、有用なレファレンス事例はデータベースとして蓄積します。
そうすれば、図書館で同様の質問を受けた時、探索にかかる時間を大幅に短縮することができるからです。
このデータは国会図書館の「レファレンス協同データベース」に提供することで、全国の図書館「共有知」として有効活用できます。

さらに、こうしたレファレンス事例の中でもよくある事例を、図書館でテーマ別にまとめて編集し、市民のための情報ナビゲーション・ツール(パス・ファインダー=調べ方の案内)として図書館ウェブサイトに掲載したり、図書館で配布したりしています。
こうした情報提供は、「図書館ではどんなことが調べられるか」の宣伝となり、かつ、「自分で調べる」手助けにもなります。
図書館員は基本的な探し方や情報についての説明が省略できるので、カウンターで個別のより具体的な、深い情報欲求を引き出し、その探索を支援することができるようになるのです。

市民一人ひとりの情報リテラシーと持てる情報環境には大きな格差があります。
同程度の読解力があっても、IT教育を受け、職場に整備された情報環境があり、自身で資料選別と購入ができる情報強者に比べ、自力で情報にたどり着く術のない情報弱者(例えばインターネットがない時代に育った高齢者)では、入手できる情報の質と、その情報に辿りつくためにかかる時間には大きな差が生じています。

また、情報地図は近年急速に変化しています。
市民に公平に開かれるべき統計情報を例にとっても、インターネットでの情報公開を契機として、従来あった紙媒体での発行が続々と中止されています。
現在の知識が明日も通用するとは限らないのです。

老いも若きも富める者も貧しき者も、全ての市民が社会環境に適応し、安心で文化的な生活を営む手助けをすることが、図書館の大きな使命です。
図書館は、情報化社会から疎外される高齢者層のためのセーフティネットであり、高額なデータベースや専門書を自社では揃えることのできない中小企業の公設資料室であり、町の診療所の医師や看護師のための病院図書室であり…情報支援に関わるあらゆる機能を備えています。

図書館の、レファレンスから始まる情報支援のシステムを整えましょう。
そして、図書館員とはいわば図書館を動かすCPUであり、その性能が高いほど、よりよい情報が短時間で得られる…ことを市民に<見える化>しましょう。
そこまでして初めて、「レファレンスへの初期投資は市民に様々な形で還元され、元は取れている」と市民に自信を持って主張できるのだと思います。
(神奈川支部 吉田倫子)
posted by 発行人 at 06:41 | Comment(1) | リレーエッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
twitterからきました。
吉田さんのレファレンスに関するご意見、全く
その通りだと思います。論理的に情報武装できないと
どんどんお金が減らされ、立場も狭くなって
いくんだろうなと思います。(稚拙な意見で
ごめんなさい)
とにかくとても勉強になりました。
ありがとうございました、とお伝えしたかったので。
Posted by 眞鍋由比 at 2009年11月11日 23:45
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