2010年12月20日

図書館道徳経序 その5

能為第十
載営魄抱一、能無離。専気致柔、能嬰児。滌除玄覧、能無疵。愛民治国、能無為。天門開闔、能為雌。明白四達、能無知。
生之畜之、生而不有、為而不恃、長而不宰。是謂玄徳。

図書館の原則にのっとった図書館経営から乖離しないようにしなければならない。そのような図書館に出会ったならば、真剣にその長所を学び、柔軟に応用しよう。そうすれば、赤ん坊のように図書館を成長させられるだろう。思いこみや頑なな態度を改めれば、さらに図書館を発展させてゆける。

利用者である住民のことを第一に考え、設置者である役所のことも理解しようとすれば、図書館の邪魔をされることもない。開館時間をはじめとした利用者の要望には、誠意を持って対応しよう。あらゆることに通達していると思っていても、謙虚に利用者の話を聞くべきだろう。

図書館は、地域文化の創造者であり保護者でもあるが、図書館がそれらを生み出したからといってそれを図書館のものとして批判を封じるようなことがあってはならないし、その端緒になったからといって驕ることがあってはならないし、それらの集いの場になったからといって、永遠に図書館の枠のなかにそれらを囲い込んでいてはならない。これが、図書館の密やかな誇りである。

無用第十一
三十輻共一轂。當其無有車之用。挺埴以為器。當其無有器之用。鑿戸庸以為室。當其無有室之用。故有之以為利、無以為用。

さまざまな図書館がひとつのデータベースを共有して、総合目録を作っている。これは、自館に資料が無かったとき、図書館の機能を果たすために始まったものだ。図書館は、常に様々なところへ手を伸ばしており、確たる主体性が無いかのようにも見える。しかし、それゆえに、図書館はその無限の可能性を追求できる。図書館は、大いに門戸を広げて、利用者を呼び込んでいる。利用の制限がないからこそ、多くの利用者が図書館を支持する。だから、「無い」ことを強みに変えてゆく知恵と工夫が図書館には要求されている。

検欲第十二
五色令人目盲。五音令人耳聾。五味令人口爽。馳騁田獵人心狂。難得之貨令人行妨。是以聖人為腹不為目。故去彼取此。

様々な色を一緒に見せても、人の目はその色彩を判別できない。さまざまな音をただ聞かせても、人の耳は、その精妙さを理解できない。様々な味をただ強くしても、人の舌は麻痺してしまう。館内をあちこち歩き回らせるような書架構成は、利用者を疲れさせてしまう。

いかに多くの資料を集め、目録を整備し、レファレンス体制を充実させても、実際に資料を手にすることが困難であるならば、住民は、結局、その図書館を利用しようとしないだろう。そこで、優秀な図書館人は、一般利用者のためを心がけた書架の構成に努めようとする。選書においても同様の取捨選択をして、蔵書構成を考えるのである。

(つづく)

(T.T.)


posted by 発行人 at 14:41 | Comment(0) | リレーエッセイ | 更新情報をチェックする
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