2011年01月31日

郷土資料を失う

1冊、否、何冊もの郷土資料が失われた。
「このまちの○○について調べている」とカウンターで聞かれたら? ○○の中には食べ物、歴史、文化、文学、鉄道、方言等々ありとあらゆる言葉が入る。その一つひとつに的確に答えられなければ「地元のことなのに分からないの?」と不信を抱かれてしまうかもしれない。

そんな郷土資料のレファレンスがあった時、みなさんならどうするだろう? 県市町村史をはじめ、そのテーマにあった資料・情報を提供するほか、直接、遺跡や建物、観光施設といったものを紹介し案内するだろう。

でも、それでも分からない時はどうすればいいか? 私は郷土史家に話を聞くことにしている。町の生き字引として様々なことを教えてくれる彼らの存在はとても貴重である。

「明治末期には」とか「中世の頃このあたりには山伏がいて」なんて平然と言うものだから、この人は何年前から生きているんだと驚いてしまう。本に書かれていない(書けない)裏の裏まで知り尽くし、「へーっ、ほーっ」と言う体験を何度もしているし、レファレンスの回答にも役立てている。

ほんの10日前にもそんな驚異の一人の元を訪ね町の歴史を聞いた、一つの話題が水の輪のように拡がり、町の歴史の熱い話は留まることを知らなかった。10分で切り上げるつもりが気付けば1時間以上も座っていた。「また、おいで、これは最近書いたんだ」と資料を手渡された。
けれど、それが最後の出会いになってしまった。

あまりに突然で言葉もなく、この町のすべてを聞き、語ることを録音できなかったことが本当に残念でならない。今でも電話をかければ「いいよ、資料を持っておいで」という声が聞こえるような気がしてならない。

ここ10年でそんな体験をたびたび経験している。この町からは郷土史家が次々と他界し、残念なことに彼らをしのぐほどの知識をもった人は現れていない。彼らはしっかりと時代の中に根付き、時代と時代のかけ橋を担っていた。いま、それは分断されつつあり、町の歴史は紙媒体が伝えるだけになりつつある。
私にできることはなんだろう。

(T.N.)
posted by 発行人 at 19:31 | Comment(0) | リレーエッセイ | 更新情報をチェックする
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