2011年04月12日

避難者の交流会

<福島原発からおよそ20kmの距離にある南相馬市と、その避難所がある町との図書館員のやりとりです。>

今日、避難者の交流会があると言うので会場へ行ってきました。K町には南相馬市を中心に250名ほどが避難しています。市役所の職員も1名常駐になりました。120名の参加でしたが、早く家に帰りたいという思いが伝わって胸が熱くなりました。

他の避難所と異なるのは、体育館やホールのような場所ではなく旅館、ホテル、ペンションなど20か所くらいに分宿している点です。ですから、みんなに情報を行き渡らせることが難しいのですが、宿の部屋なのでプライバシーは確保されるという長所があります。

その交流会の冒頭、社協の職員の計らいで図書館のPRもできました。「南相馬の図書館は立派で(と言ったら、みんな大きくうなずいていました)、南相馬の図書館員も知っています。K町の小さな図書館では物足りないでしょうが、精一杯サービスしますので利用してください」と。

そして、福島の新聞を持っていくと、みんなむさぼるように読んでいました。愛着ある地元新聞は大事ですね。でもその日に届かないのが難です。

そのあと、子どもたちと遊び、おやつももらい、帰りました。もちろん、記録の写真も撮りました。

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南相馬市のHです。Nさんの避難した方への心遣い、感謝にたえません。避難した方が、福島民報を読んでいる姿が目に浮かびます。

原発と津波で家を追われた方の、帰りたい気持ちは日に日に強くなっていると思います。特に高齢の方は、帰りたいだろうなと...

私は、明日から1か月、T市の避難所へ派遣になります。K町への派遣を期待していたのですが残念です。恩返しができず、申し訳なく思っています。

南相馬は、混乱が続いています。地震と津波だけであれば、人の力で復興を進められますが、原発のせいで、ままならない状況です。悔しさと焦りだけが募ります。地震と津波で命を奪われ、原発でふるさとと日常を奪われた哀しみは、言葉にできません。

南相馬の図書館は、再開の目処がたっていません。図書館は、日常そのものだと改めて思います。Nさんが話された図書館の話は、まさしく日常だと考えます。

原発周辺の市町村は、原発のせいで大切なふるさとを奪われました。ふるさとを奪われた人の深い哀しみ、そして突きつけられた絶望を思うと、言葉になりません。そんな中で、Nさんから頂いた温かい言葉は、絶望の中からみえた光でした。

今、こんな言葉を思い出しています。「図書館は記憶する、愚かさまでも」。人間の愚かさを記憶する図書館の重要性を改めて噛みしめています。

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Hさん、お忙しい中、返信ありがとうございます。

今日は市役所の方3名と看護師の方が見えました。市の職員が一通り説明し終わると市民から「質問をさせてくれ」と声が飛び交いましたが、職員も原発のことはまったくわからないと困惑気味でした。

また、お年寄りは「便秘になって」とつぶやいていました。今回の交流会では、医師や保健師も相談窓口を開設していましたが「お金がかかるんだろ」と不安げでした。「そんなことないよ、お金はいらないんだよ」とK町のボランティアが言うと、顔が明るくなりました。

みんなが分かっているという理解は間違っていますね。一人、ひとりから話を聞き、どんなことでも答えないとダメですね。

実は先日、K町の図書館で南相馬の方と話したら「南相馬にはHさんという良い図書館員がいるんだ」とHさんの名前が飛び出しました。ちょとびっくりした反面、Hさんが南相馬で取組んでいることが目に浮かびました。

T市でいろいろ大変なことも多いと思います。でも無理しないでください。身体を大切にしてください。こっちも、できることを精一杯やります。
posted by 発行人 at 18:53 | Comment(0) | ニュース | 更新情報をチェックする
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