10月5日に東京支部では、2009年度の「
図書館スタッフのための仕事のツボ講座」(非常勤職員・委託スタッフのための図書館連続講座)の第1回を行った。
テーマは「公共図書館の基本」で、講師は前委員長の川越峰子さん。
宣伝が行き届かなかったのか参加者は24名と少なめであったが、注目すべきことに非正規職員ばかりでなく、市民の方が2人参加していた。いずれも市民運動では有名な方である。
終わったあと感想をお聞きしたところ、「こういう話は初めて聞いた。大変良かった」と言われた。
図書館員としてみれば、後半の民営化や政策動向に関する部分を除けば川越さんは特別な話をしたわけではなく、自治体の図書館の新任研修でも使えるような内容である。
いわば全国の図書館員がある程度知っていても不思議ではない話であったので、ちょっと驚きを感じた。
18日には、多摩地区のある市で図書館委託問題の講座があり、今度は私が講師に招かれ、業務委託や指定管理者制度、職員問題などについて話をした。
終わった後の質疑応答で市民から意見が出た。「でも今の図書館は市民の意見を聞いてくれないし、市民のほうを向いていないのではないか」と。
私からみれば、多摩地区らしくそれなりに高いサービス水準を誇っている市である。
参加していた館長や職員が弁明するのを聞きながら、ふと考えたのは「市民は職員の仕事をどれだけ知っているのだろうか」ということであった。
どこの市民運動でも「専門職としての司書の配置」が叫ばれる。
しかし、その司書が図書館のシステムの中でどのように働き、どのような仕事をしているのかがわからない。したがって専門性がどこにあるのかも理解されない。
司書さえいればすべてうまく行き、素晴らしい図書館が作られると思い込む。
その結果、ただ「司書を」と叫ぶだけになり、あげくに近頃は、非常勤や委託スタッフの不安定雇用の司書ばかり増える結果になっていないだろうか(もちろんこれらの人も司書であるほうがいいには違いないが)。
いっぽう職員の側にも問題はないだろうか。
『
市民の図書館』以降、日本中のほとんどの公立図書館員は市民に顔を向け、市民のために仕事をしてきたという意識をもっているはずである。
この市の職員だってきっと同じ自負を持っていると思う。あんなことを言われて心外に違いない。
同じ思いは、私の自治体での委託反対の集会で私も感じたことがある。
「私は市民のために司書として献身的にがんばっている。」
そう思うのは素晴らしいが、それと実際の市民の声を聞き、それを活かそうとしているかとはまた別である。
「とりあえず『市民の図書館』の流れにある現在の図書館の最新動向を知り、先進事例なども積極的に取り入れてきた。それについて来られないのは民度が低いからではないか。そんな市民は啓蒙してやらなければならない」なんて考えている図書館員がいたら、困ったものである。
10数年前、よその部局から移ってきた職員の研修に『市民の図書館』を使って、説明したことがある。
終わった後で感想を聞いたら「なんだか宗教みたいだ」と言われた。
その時は「宗教じゃなくて、そのくらいの熱意をもってほしいということです」と答えた記億があるが、今思うとこの感想はなんとなく理解できる。
「市民のために働く司書」という言葉は、宗教的幻想を生み出しているのではないだろうか。
信仰は、その考えに共鳴するものには美しいが、同時に排他的でもある。
宗教戦争の多くの原因が、外部のものにはまったく理解できないように。
今必要なのは、市民の願いをすべて察知してすべからく実行するようなスーパー司書を作り出すことではなく、市民と図書館員がもっと交流し、図書館の仕事と市民の希望を理解しあうことではないだろうか。
そんな試みのひとつとして、手前味噌ではあるがこんな話を紹介したい。
私のかつて勤めていた図書館には「利用者の会」があり、毎月定期的に職員との交流を行っていた。
そこで市民の希望により、図書館の仕事を担当ごとに説明することとなった。
たいていの担当は新任研修と同じようにレジュメを用意し、口頭で説明するにとどめた。
しかし、選書の担当だけは違っていた。実際に選書をしてもらう道を選んだのである。
見計らい棚からブックトラックに新刊図書を積み、メンバーの一人ひとりに4〜5冊も図書を渡して、それぞれがこの図書館の蔵書として入れるべきか否か、またその理由を答えてもらったのである。
その後で図書館側からの講評を行い、食い違ったものについては選書基準などを使って丁寧に説明した。
選書とはこうしてするのかと、今までになく好評であったことは言うまでもない。
また、もし評価をめぐって突っ込んだ質問があれば、図書館側の選書基準の相対化、見直しにもつながったはずである。
たぶん、声高々に理想を叫ぶより、こういう地道なことの積み重ねが本当に必要とされているのではないかと思う。
インターネット予約の増大により図書館の作業が大きく変わっており、そういったことを裏にとどめずに表にさらして理解してもらうことで、委託の是非なども具体的に議論できるのではないだろうか。
サービスの受益者と提供者という溝を越えて、市民と図書館員は共に図書館を作っていくという関係でありたいものである。
(東京支部 小形亮)