2012年12月11日

図書館問題研究会の新しいウェブサイトを公開しました

図書館問題研究会の新しいウェブサイトを公開しました。
http://tomonken.sakura.ne.jp/tomonken/

現時点ではコンテンツは十分ではありませんが、今後情報発信やアーカイブを充実させていきたいと考えています。
ともんけんウィークリーとあわせてご愛顧の程をよろしくお願いします。

なお、図書館問題研究会事務局のメールアドレスも下記のアドレスに変更となります。ご注意ください。
tmk55@tomonken.sakura.ne.jp
http://tomonken.sakura.ne.jp/tomonken/contact/
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2011年10月31日

所沢市長選候補者へ図書館政策についての質問と回答

「ところざわ としょかんの未来を考える会」が10月23日に行われた所沢市長選挙の各候補予定者に質問状を送りました。
会のブログに回答を掲載していますので、ご覧ください。
http://tokolibf.seesaa.net/article/229997288.html

<参考>
所沢市長選 行革・民営化が焦点
http://www.acs.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/news/20111013-OYT8T01302.htm

所沢市長に藤本氏三つどもえ制し初当選
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/news/20111024-OYT8T00059.htm
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2011年08月19日

鎌倉図書館百年史

<図書館友の会全国連絡会さんから情報いただきました>

鎌倉市図書館は、今年で100年目を迎えました。
今回は地元の図書館を通じて読んだ、分厚い「鎌倉図書館百年史」についてご紹介します。

感激したのは、「第4章 これからの鎌倉の図書館」のところです。
読んでみると、図書館のあり方を市民側の目線で記述されています。
図書館の振興・発展のための市民活動をしている者にとって、大変参考になる素晴らしい内容で、公式記念誌に掲載されたこと自体が意義深いと思いました。

1.生涯学習部移管案と市民の対応
 大きな問題となったテーマの市民の対応がまとめられています。

2.図書館をめぐる民間委託の動き
 ここに「図書館とともだち・鎌倉」のこと以外に「図書館友の会全国連絡会」の発足、「私たちの図書館宣言」のことも出てきます。

3.あるべき図書館の姿
 「無料の原則」など図書館法の考え方を分かりやすく述べています。

4.これからの鎌倉の図書館
 書籍の電子化、MLA連携、ランガナタンの図書館学の5法則、菅原峻氏の話などが出てきます。

「一人ひとりの市民にとって、公共図書館が、なくてはならない公共施設となったとき、初めて鎌倉市に、図書館文化が醸成したといえるのではないだろうか」と述べています。

このような内容が「鎌倉図書館百年史」に堂々と掲載されることは画期的なことだと思います。
鎌倉市民と図書館が協働で執筆し、この部分は市民委員の手で書かれています。

いろいろと苦労された様子が、図書館ホームページにも掲載されていました。
http://lib.city.kamakura.kanagawa.jp/hp/html/100nikki.html
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2011年06月15日

被災地の図書館に代わってレファレンスサービスを行う「だれでも・どこでもQ&A図書館」にご協力を!

<だれでも・どこでも Q&A図書館」事務局さんから情報いただきました。>

今月1日、東日本大震災で被災した図書館を支援するために、図書館員がボランティアでレファレンスサービスを代行する「だれでも・どこでも Q&A図書館」プロジェクトを、国立国会図書館レファレンス協同データベースのサポーター有志が中心となって立ち上げました。ウェブ上のフォームで質問を受付し、「回答団」がメールで回答するシステムになっています。

現在、図書館からの質問受付けを行うと同時に、あわせて、回答団メンバー(個人と機関とを問わない)や事務局員も募集しています。

このプロジェクトは日本図書館協会、OCLC inc. saveMLAK等の協力をいただいています。

プロジェクトの概要、質問受付けフォームなど、くわしくは「だれでも・どこでも Q&A図書館」サイト(saveMLAKサイト内)をご覧ください。

 http://savemlak.jp/wiki/daredoko

 最後に、このブログをお読みの(図書館員の)みなさまにお願いです。

1 被災地からの質問。レファレンス依頼をお待ちしています。ぜひご利用いただくとともに、PRについてご協力をお願いいたします。

2 回答団・事務局員を募集しております。詳しくは上記のウェブサイトをご覧ください。

よろしくお願いいたします。
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2011年06月02日

宮城県東松島市の図書館員からうれしい便りです

東松島市の図書館は津波にはさらわれなかったのですが、度重なる余震でなかなか開館できないのでした。>

お蔭様で、仮開館という形で本日から開館しました。皆様からの温かいご好意や励まし、ご支援をいただきやっとここまできました。自分は亀だなあとつくづく感じます。

ありきたりな言葉しか発せられない自分ですが、図書館みんなで少しずつ、一歩ずつ進んで行きたいと思います。

今回の震災で、運動公園や施設、市民センター(公民館)は津波により流失したり避難所になったりと生涯学習施設は全てアウトです。このような中で、図書館は幸い残り市民の文化的な生活をする唯一の施設として残っています。

前途多難で行政や市民から多々理解を得るのに苦しみもがきますが、皆様の知恵とお力を借りながら進めていけたらと思います。

これからが、本番と思っています。変わらずごひいきお願いします。


<神戸市の図書館員からも応援の便りです。>

あの状況からよくこんなに短期間で開館までこぎつけられましたね。
Kさんはじめ、館のみなさま方の働き、また行政としての図書館サービスへの理解がこんなに早い開館を実現させたのだと思います。
これからが図書館の腕の見せどころかもしれませんね!

社会教育施設が避難所になっているから社会教育ができないのではなく、今回の震災そのものが、ある意味市民を大きく育てるものになるのではないかと思います。
なんて、人ごとみたいでごめんなさい。

まだまだしんどいことが続くでしょうが、ご自愛くださいね。
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2011年04月18日

東日本大震災遭遇記

<図書館に造詣の深いSEさんから情報いただきました。少し長いのですが、こんな脱出行もあったようです>

 3月11日の東日本大震災から2週間が過ぎました。亡くなった方々や未だ行方不明の方、今も避難生活を送られている方のことを思うと胸が痛みます。

 私たちは、東日本大震災を松島で遭遇しました。色々な方々にご心配いただきありがとうございました。特に皆さん、私が喘息の発作を起こしているのではと心配してくださったのですね。危ない場面もありましたが、その時々に手を差し伸べてくださる方々がいて、発作も起きずにすみました。15日に無事東京に戻ってきました。私たちは他の方々と比べたら本当に、本当にラッキーとしか言いようのない避難生活でした。皆さんに叱られそうな震災遭遇記をまとめました。

・仕事で遭遇?
 実は3月11日は、会社の自彊術仲間と有休を取って鳴子温泉一泊旅行の予定でした(ちなみに自彊術は、大正時代に中井房五郎氏が案出した自然治癒力を高める体操です。この体操のおかげで私の喘息は随分改善しました)。鳴子散策をするつもりだったのですが、前日に連絡があり鳴子は毎日10センチの雪と聞き、山用雨合羽のズボン、スパッツ、夜の体操のためのシルクのパジャマ、毛糸の手袋など普段の私にしてみれば準備万端で旅立ちました。それが後で大いに役立ちました。

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3月11日(金)

・実は、震度7は経験していないのです
 4人で旅行予定でしたが、二人は仕事が休めず現地合流ということで、私と自彊術の師範であるSさんは、初めての松島を遊ぼうということで朝から東京をたちました。12時に松島海岸に着き、まずは「漁師の海鮮丼」で腹ごしらえ。それから瑞巌寺で正宗公と円空の仏(この仏に救われたと私は思っています)を拝み、警備のおじさんから石にはいつくばった大木も見せていただき、遊覧船を堪能していました。

 突然、船がエンストのように揺れ、こんなところで水没したら即死だなと思っていたら、「今のは地震です。安心してください」とのアナウンス。友達と目を見合わせ、「それって何? 津波が来るでしょう!」。幸い船着場は5分ほどで着きました。そしたら、今度は声色も変わり「津波がきます、すぐに非難してください!」初めての松島です。地形も分からず、咄嗟にさっき言葉を交わした警備のおじさんを思い出しました。おじさんを探すしかない。私たちは誘導もありましたが、瑞巌寺へ向かって必死に走りました。後で話を聞いたら、地震の時はやはり海の上が一番安全なのだそうです。

・野原で野宿?
 おじさんに会い安堵し、避難誘導に従って瑞巌寺の裏にある駐車場へ向かいました。外は雪、寒さもひどく、余震も長く何度もありました。駐車場にも亀裂が走っていました。持っていた雨合羽のズボンを思い出し、その場で上から履きました。凄く冷たくて、ちょっと喉がやばいかな?と思っていたところ、警備のおじさんが瑞巌寺のシルバー人材センターの知人に声をかけてくれて、軽四に少しだけ乗せていただき寒さを逃れることができました。数分後、瑞巌寺やシルバーの方々が焚き火を起こし、みんなその周りに集まりました。今日はここで野宿かと思うと、とても寒さに耐えられないなと不安になりました。

余震と寒さに震えていましたが直ぐに焚き火が….jpg

・陽徳院の修行道場へ避難
 6時過ぎていたでしょうか、全員が愛姫の菩提寺である陽特院の修行道場へ避難しました。総勢300名ほどいたと思います。私たちは背もたれができる柱の場所を確保しました。畳であった上、座布団も配られました。しばらくして地元の阿部蒲鉾松島蒲鉾からかまぼこの差し入れがありました。以後、いろんなものにかまぼこが出てきました。おにぎりと熱いお茶も出されました。阪神大震災で何より暖かいものが出なかったと聞いてたので、熱いお茶は本当にありがたかったです。

 瑞巌寺には13人の雲水さんがおられたようで、皆さん一睡もせずに私たちの世話をしてくださいました。トイレも池の水を汲んできて流してくださいました。他の避難所は立って寝たとの話がありますが、広い部屋にはストーブも2つあり、寒いながらも横になって寝ることができました。

若くてカッコイイ瑞巌寺の雲水さん!.jpg

・パジャマが活躍
 隣にいた方が震えが止まらないようすでした。持ってきたパジャマを貸し、手袋は足にはめるよう薦めました。この方たちは私たちより早くに出て行かれました。後に届いたメールによると、山形の弟さんに支援を依頼し、新潟経由で帰られたそうです。後日、その他にも今回知り合った方々とメール交換をして、パジャマも受け取るついでに新宿で交流を深めました。みんなで松島リベンジツアーをできる日を待っています。

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3月12日(土)

・自彊術の披露
 朝起きると体が四角い金属板のようでした。雑炊が支給され熱いお茶も出ました。瑞巌寺はプロパンガスだったので煮炊きが可能だったのです。Sさんを誘って雲水さんに断り廊下の端を借りて体操をしたところ、体がほぐれました。ここでいつもの仕切り屋が頭角しました。お寺に話をし、皆さんに呼びかけたところ50人ほどの方が一緒に体操をしてくださいました。体操は解散するまで午前と午後みんなでしました。

・これでいいの?
 お昼も夕飯も何不自由なく雲水さんのお世話になるばかりで心苦しく感じ始めました。せめて食後の洗い物でもお話させていただきましたが、「これも修行」と断られました(同僚は勝手口まで入り、お茶碗洗いを手伝えたそうです)。保健士の方が、夕方気分の悪い方がいないかチェックに入ったのは夕方でした。

・ガソリンがない
 松島は水道も電気も鉄道もなく孤立状態でした。仙台には電気がきているとの情報が入ってきましたが、脱出するにもガソリンがないため車がだせません。車が津波で流された方々、お土産屋の品が参道に散乱しているなど、少しずつ周りの状況が見えてきました。愛媛からの団体は別の車が用意され、午後には出ていきました。

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3月13日(日)

・掃除でまた仕切り?
 この日もお世話になりっぱなしでした。お昼ごはんが終わった後、掃除をしますとのことで、毛布や座布団が集められました。大きなお部屋の掃除はこうやってするのだと効率的な箒さばきに感心しながら、私たちも手伝わせて欲しいと申し入れ、承諾を受け、座布団の回収やホコリ払いなどをこれまた仕切ってしまいました。雑然と陣取っていた寝場所はこのとき整然としき並べられ、毛布も一人1枚確保されました。レストランを経営するしんちゃんという方からカステラの差し入れがありました。甘くて本当においしかった。

・多賀城が燃えている
 午後、知り合った方数人と外に出てみました。津波警報は出ていたので海岸には近づけず、新富山の展望台へ行きました。松島もよく見えましたが、石油タンクのある多賀城から燃え続けている石油の煙が見えました。沖には津波でもっていかれた遊覧船が浅瀬に打ちつけられていました。

 松島は湾のため津波は決しておきないと伝えられていたそうです。その松島でも参道の半分まで津波がきたのだから、他の被害がどのくらいだったか想像を絶します。南北に10キロ離れていたら200〜300人の方が亡くなっているのですから。この日の夕方、学校から子どもの安否確認がありました。

多賀城が燃えている.jpg

・野蒜から奇跡の生還Hさん
 午後、Sさんがとんでもない方と知り合いました。奥松島で津波に遭遇し、奇跡的に脱出し4時間歩いて松島までたどり着いたHさんです。聞けば普段から生死に関わる作業をされているとのこと、彼は生きるべきして生かされたと思いました。

 津波にのまれ、間一髪で車から脱出し、引き潮で持っていかれそうになる体を柱にしがみつき生き延びました。着るものは2階で取り残された方に借りられたそうですが、当然無一文です。高崎の方で私も知っている宝石店をご存知とのこと。「私と一緒にいれば、お金はお貸しします」と約束しました。とても興奮していてPTSDが心配で、二人で何気なく見守っていました。彼に会わなかったら、私たちの地震に対する想いはきっと違っていたでしょう。

・スパッツが活躍
 津波警報の合間を縫って、地元の方や車を流された人達が海岸へ向かいました。大阪の二人組が酒屋に乗り上げた車を見にいくというのでスパッツを貸しました。これで、余分に持ってきたもの全てが活躍しました。

観月楼
 船着場の傍にあるお土産屋さんの観月楼の被害はシャッターを下ろしていなかったので一番ひどかった。参道に散らばっているのは自分の商品で、瑞巌寺に申し訳ないと女将さんが話していました。ヘドロに浸かっても缶詰や真空パックのふかひれ等は食べられるから、津波警報が解除されたら雲水さんが掃除にいくとのことでした。

 夜はなかなか眠れず、女将さんにお願いして地元のお話など聞かせていただきました。3年前に亡くなったご主人が、息子と同じ大学で合気道をやられていたのも何か縁があったのでしょう。おかげで避難所にいながらお菓子の差し入れにも恵まれていました。

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3月14日(月)

・参道の掃除
 朝の雑炊をいただいた後、観光客の方に声掛けして参道の掃除をしました。散乱している品物は、(1)箱は汚れてるけれど中は大丈夫、(2)ちょっと汚れているけど洗えばOK、(3)ヘドロにまみれているけど食べられる缶詰や真空パック、(4)断念するゴミに分け、みんなでヘドロと苦戦しました。気がつけば率先して参道のヘドロを掃除してくださる方もいました。お店の中のヘドロを除去する学生たちは、本格的なボランティアは初めてだと張り切って手伝ってくれました。どこで聞きつけたのか朝日新聞の記者が取材に来ました。主婦ですかと聞かれたので、しっかり会社の宣伝もしてしまいました。

・宮古が全滅?
 津波警報が出たのであわてて寺に戻ると、先ほどの記者から宮古の状況を聞いたスパッツさんが泣き崩れていました。宮古にはだんな様がいて、地震直後には安否確認が取れていたのですが、その後音信不通になっていたのです。宮古は全滅に近いとのことで帰ることができず、大阪の実家で立て直すと気丈にも話してくれました。後日Sさんから、だんな様も大阪入りし、28日は二人で宮古へ向かうとのメールが入りました。時間がかかっても再出発する二人にエールを送りました。

・お昼は菓子パン半分、そして解散
 お昼は菓子パン半分(と私は記憶してますが、同僚は1個だったと言ってます)とトマトでした。援助物質が届いたのですが、いよいよ食べ物も底をついてきたのでしょう。消防署と警察署の方から話があり、仙台から山形行きのバスが出ているので、午後2時に観光客を仙台まで送るとのことでした。松島町教育委員会が2台のマイクロバス分のガソリンを調達したのです。ここにこれ以上いては迷惑がかかる、そう思いました。

浦霞大吟醸
 バスの時間まで1時間ありました。お店にはまだ被害を受けていない飲み物や牛タンなどがありました。数人を誘って食べ物だけはかき集めようとお店に行きました。そして、本日の野宿?のためにお菓子とちゃっかり浦霞大吟醸を一本、女将さんは快くくださいました(次回お伺いしたとき、倍返ししますからね)。

・バスで仙台へ
 お世話になった毛布や座布団を一箇所に集めましょうと、最後の仕切りをし、仙台へと移動しました。別れ際に、雲水の方が手をとってくれ、これから先の私たちの仙台での心配をしてくださったのには胸が熱くなりました。総勢50名が仙台へ非難です。仙台市立図書館の知人に図書館で避難可能か連絡しましたが、図書館は既に閉鎖、彼女は中学校で支援活動、自力で頑張ってくださいとメールが返ってきました。仙台は電気が通じていたので携帯も通じたのです。

・新潟行きバスチケット確保
 バスを降りると、みんな一目散に山形行きの高速バス乗り場をめがけて横断歩道も無視して飛び散っていきました。私たちは最後のほうだったので警備員さんに呼びとめられ、地下道を渡るべく迂回しました。そこで津波にのまれたHさんがいないのが発覚。お金をまだ渡していなかったので心配していたところ、地下道でHさんと会いました。ちょっと離れていた間に、Hさんが新しい情報を入手し、駅の反対側から新潟行きのバスが出ていることが分かりました。新潟からなら新幹線が走っている!

 駅で携帯を充電させてもらい、案内所は閉まっているのでインターネットでチケットを購入するよう言われましたが、QRコードを読ませるのがまどろっこしくていけません。会社の同僚にインターネットでチケット購入をお願いしました。このとき、私たちは8人まで減っていました。しばらくして明日のチケットが取れたとのメールが入りました。ただし6人分!後は21日まで満席だそうです。この中の2人は帰れない!同僚のSさんに、私たちが残ろうねと目配せしたらうなずいてくれました。

・仙台で野宿?
 21日のバスなんて気が遠くなりそうでしたが、まずは今日の宿を確保しなければなりません。電気がついていてもビジネスホテルは全てクローズ。会社の人が避難していると聞いたメトロポリタンも人影がありません。

 トイレだけ借りて避難所に指定された県庁へ行こうとしていたとき、一人の携帯に、営業しているネットカフェがあるとの情報が入ってきました。それまでも気をつけて見ていたのですが、どこも閉まっていたのが、行ってみたらなんと営業しています。8人分の場所を確保できて野宿は避けることができました。途中にどんぶり屋も見つけ、あと10食しか残っていないところへ滑り込みセーフ。避難していた話をしたらお手製のフルーツケーキをご馳走してくれました。

・浦霞で乾杯
 食事から戻って最後に皆で集まり、いただいた浦霞で乾杯しました。Hさんは1合ほど一気に飲みほし、多分地震から初めてぐっすり寝たのではないでしょうか。浦霞はHさんのためにいただいたのですね!

・明日帰れる!?
 浦霞を飲んでいたとき、Sさんの義兄から翌日15時半の山形空港から羽田空港へのキャンセルが出たと連絡がありました。帰れる! でも、山形空港までどうやって行くの? 空港バスはいっぱいだし。そしたらまた連絡があり、県庁前から乗り合いバスがあるとのこと。どんなことをしても明日バスに乗る!

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3月15日(火)

・朝5時に250人
 朝5時に県庁前に行ってビックリ! なんと既に250人の長蛇の列。15時半の飛行機に乗れるかなあ?? 列は凄い勢いで長くなるけど、バスは一向に来る気配がありません。私の隣は取材されていましたが、後で嫁さんのお父さんから「お母さん並んでました? 姿うつりましたよ」と電話がありました。派手なピンクのダウンは目立ちます。このまま並んでいてもせっかくの飛行機のチケットが無駄になると、通るタクシーを止めても止めても、どれも山形空港までいける燃料がありません。

 その時、ふっと反対車線に個人タクシーが止まりました。グリーンベルトを突っ切って交渉すると、なんと行ってくれるというではありませんか!昨日聞いていた料金の倍でしたが、そんなこと言ってられません。ちょうど同じ飛行機に乗る子連れの方がいらして一緒に山形空港まで乗り合いました。

・温泉に入りたい?
空港には朝8時前に着きました。11時過ぎになって、10分ほどのところに温泉町があり営業しているとの情報が入りました。15時半の飛行機なら十分間に合います。「行こうか!」と言った矢先に、また義兄から、12時半の飛行機にキャンセルが出たと連絡がありました。温泉行きは取りやめ、急いでチケットを交換。それでも到着が1時間遅れているというので、レストランで食事を取り、お土産を物色していたら、同僚が「私たちの乗る飛行機、Boardingってなってるよ」しかも、なんと名前を呼んでいるではありませんか。私たち二人のために飛行機を遅らせる落ちまでついて、東京へ無事帰還できました。

・生かされて
 結局、誰よりも私たちが早く東京にたどり着きました。思えば、新潟行きのバスチケット6枚を強引に私たちが入手していたら、きっと私たちの運は「蜘蛛の糸」のように、その場で尽きたことでしょう。

 夜、無事着いた高崎のHさんの奥様から涙いっぱいのお礼の電話をいただきました。野蒜の悲惨な状況をテレビで見られていたので、どんなにか心配したことでしょう。昨年、会社のサークルで「ちゅだみどぅでみ(沖縄の言葉で人為我為)」という文字を入れたTシャツを作ったのですが、あの言葉はまさに今回のためにあったのだと、改めて思いました。

 今でも避難所で暮らす人達がたくさんいます。津波で大勢の方がのみこまれていったのに、私たちが生かされたのは、きっとこれからまだ生きていく意味があるということなのでしょう。9月に定年を迎える身ですが、まだ私にできることを探していきたいと思います。
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2011年04月12日

避難者の交流会

<福島原発からおよそ20kmの距離にある南相馬市と、その避難所がある町との図書館員のやりとりです。>

今日、避難者の交流会があると言うので会場へ行ってきました。K町には南相馬市を中心に250名ほどが避難しています。市役所の職員も1名常駐になりました。120名の参加でしたが、早く家に帰りたいという思いが伝わって胸が熱くなりました。

他の避難所と異なるのは、体育館やホールのような場所ではなく旅館、ホテル、ペンションなど20か所くらいに分宿している点です。ですから、みんなに情報を行き渡らせることが難しいのですが、宿の部屋なのでプライバシーは確保されるという長所があります。

その交流会の冒頭、社協の職員の計らいで図書館のPRもできました。「南相馬の図書館は立派で(と言ったら、みんな大きくうなずいていました)、南相馬の図書館員も知っています。K町の小さな図書館では物足りないでしょうが、精一杯サービスしますので利用してください」と。

そして、福島の新聞を持っていくと、みんなむさぼるように読んでいました。愛着ある地元新聞は大事ですね。でもその日に届かないのが難です。

そのあと、子どもたちと遊び、おやつももらい、帰りました。もちろん、記録の写真も撮りました。

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南相馬市のHです。Nさんの避難した方への心遣い、感謝にたえません。避難した方が、福島民報を読んでいる姿が目に浮かびます。

原発と津波で家を追われた方の、帰りたい気持ちは日に日に強くなっていると思います。特に高齢の方は、帰りたいだろうなと...

私は、明日から1か月、T市の避難所へ派遣になります。K町への派遣を期待していたのですが残念です。恩返しができず、申し訳なく思っています。

南相馬は、混乱が続いています。地震と津波だけであれば、人の力で復興を進められますが、原発のせいで、ままならない状況です。悔しさと焦りだけが募ります。地震と津波で命を奪われ、原発でふるさとと日常を奪われた哀しみは、言葉にできません。

南相馬の図書館は、再開の目処がたっていません。図書館は、日常そのものだと改めて思います。Nさんが話された図書館の話は、まさしく日常だと考えます。

原発周辺の市町村は、原発のせいで大切なふるさとを奪われました。ふるさとを奪われた人の深い哀しみ、そして突きつけられた絶望を思うと、言葉になりません。そんな中で、Nさんから頂いた温かい言葉は、絶望の中からみえた光でした。

今、こんな言葉を思い出しています。「図書館は記憶する、愚かさまでも」。人間の愚かさを記憶する図書館の重要性を改めて噛みしめています。

◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆


Hさん、お忙しい中、返信ありがとうございます。

今日は市役所の方3名と看護師の方が見えました。市の職員が一通り説明し終わると市民から「質問をさせてくれ」と声が飛び交いましたが、職員も原発のことはまったくわからないと困惑気味でした。

また、お年寄りは「便秘になって」とつぶやいていました。今回の交流会では、医師や保健師も相談窓口を開設していましたが「お金がかかるんだろ」と不安げでした。「そんなことないよ、お金はいらないんだよ」とK町のボランティアが言うと、顔が明るくなりました。

みんなが分かっているという理解は間違っていますね。一人、ひとりから話を聞き、どんなことでも答えないとダメですね。

実は先日、K町の図書館で南相馬の方と話したら「南相馬にはHさんという良い図書館員がいるんだ」とHさんの名前が飛び出しました。ちょとびっくりした反面、Hさんが南相馬で取組んでいることが目に浮かびました。

T市でいろいろ大変なことも多いと思います。でも無理しないでください。身体を大切にしてください。こっちも、できることを精一杯やります。
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2011年03月24日

テレビで卒業式のシーンが流れています

<ひきつづき、宮城県東松島市の図書館員からの情報です>

いま、テレビで卒業式のシーンが流れています。

私も、宮戸島で卒業を祝う会にちょうど参加することができました。軽トラに紅白の幕をつけ、先生が鍵盤ハーモニカを吹くなか、島民1,000人のうち600人が6人の卒業生を祝う会で卒業証書が手渡されました。

一人ひとり、かけがいのない子どもたち。失ってはいけない未来。取り上げてはいけない希望。そんな気持ちが一杯のお祝い会でした。

今回、孫が卒業するおばあさんが「普通の卒業式だったら私たちは見ることが出来なかったけど、こうやって見ることができた。どうだ、すごいだろう」と。思わず、いたたまれなくなり後ろを向いて涙しました。

どこにも負けない、空まで響くような子どもたちを祝う拍手。みんなが、手が痛くなるまで叩いた音が響いていました。そして、青空の下で大人も子どもも、みんなで歌う校歌。

ほとんどの方が家を流され、明日、いや、今日をどうしようかというのに、今このタイミングで生きていることを実感し、明日はどうにかなる、今やるべきことに背を向けず、正面向いて進んでいるみんなの姿に、自分も甘えてはいられないと、このメールを打ちながら思い出しました。

被災したみなさん、頑張りましょう!
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2011年03月23日

夢であって欲しいです

<宮城県東松島市の図書館員から情報いただきました>

こちらは、泣きたくなるような、目をつぶりたくなるような、ジェットコースターの感じです。他の地域の皆様も同様のことと思います。

昨日の午前中まで24時間体制で避難所担当。昨日、やっと布団の上でねることができました。パイプ椅子にすわったままで寝る生活。現実と夢の中をさまよっているようでした。

この4日間は宮戸島を担当してきました。島へ行く途中、いくつもの車と民家が海に浮かんでいました。島を担当したこともあり、昨日と今日(図書館の復旧作業をしました)は休みをもらえました。

初めの5日間は食料が1日1食があたりまえで、水も食料も避難してきた方に理解をいただきながら配給をしました。

ある地域では、全ての食料をさらけ出し、これが皆様の全ての食料です。これで分けるとしたらどうしましょう?と。私達も初日はソーセージ半分などの配給でいつ来るか分からない不安と市民のみんなが病気にならないように手を合わせることしか出来ませんでした。2日目からは説明をしてくばりました。4日目は市民からあんたらが倒れたら俺らはおしまいだ。食ってくれと暖かい言葉をもらい踏ん張れました。

夜は寒さと不安と椅子に座った生活のため急病人が。脱水症状、パニック障害、低血糖人と近くの病院がレスポンス良く対応いただけたこと、幸いにも、保険相談センターの保険師が対応してくれたこと。

何をどうはなしたらよいか分かりませんが、ざっとこんな感じの生活です。明日からまた、宮戸島へ行って避難所で頑張ってきます。
 
現在でも、ライフラインがアウトな地域が多数で、私のうちは幸い、ここ数日、電気と電話が可能となりました。

昨日からうちのまちでは、土葬が行われるようになりました。ボランティアで活躍してくれたMさん、嘱託職員の方の両親、親戚が亡くなりました。悔しいです。
posted by 発行人 at 23:48 | Comment(0) | ニュース | 更新情報をチェックする

2011年03月22日

Re:避難者の受入と計画停電

<神戸市の図書館員から情報いただきました>

関東では続々避難者の受け入れが始まっているのですね。
離れた関西でも、少しずつ始まっています。
転入してくる子どももありますが、コトバの問題も心配されています。
避難してこられた方に生活情報と被災地の情報、それから少しはココロを休めることのできるものを、図書館からも提供できたら、と思います。
図書館から直接というのがむずかしくても、区役所や地域を通じて提供もできます。

さて、阪神・淡路当時のことですが。
私たち図書館職員もまずは自治体職員ですので、まずは避難所の運営や物資の搬送などにあたりました。
少し落ち着いた頃、3週間以上たってからでしょうか。
図書館から、軽い読み物や絵本などを避難所に送りました。
避難所をまわってお話会をしたり、子どもと遊びました。

職員が揃い、被害の少ない図書館だけが開館できたのは、5月も終わりごろになってからだったと思います。
その時中央図書館では、震災後の生活再建に役立つ本のコーナーを作りました。
建築や土地家屋の法律に関するもの、相続に関するものなどが中心だったと思います。
それから徐々に、震災の記録などを加えていきました。

神戸市立中央図書館では、茨城県立図書館とのエクスチェンジ展示の最中に震災が起こりました。
現在、展示を続行しながら来館者にメッセージを書いていただいており、けっこう集まっています。
募金(市がやっています)も始めています。
資料展示などもできたらよいのでしょうが、人によって16年前がフラッシュバックしてしまう懸念があります。
離れたところでできることは、今起こっていることを知る、理解する、寄り添うことでしょうか。

また先日、職員むけに市役所の産業医から下記のメールが届きました。
↓↓
〜 被災地で支援にあたる職員の皆様、すべての神戸市職員の皆様へ 〜
阪神・淡路大震災以降、被災者への「心のケア」が広く認識されるようになりましたが、心身のケアは、救援する側にも重要です。支援業務にあたっては、
 ・なるべくチームで活動する
 ・ほんの少しでも休息をとる
 ・短時間でできる自分に合ったリラックス法を実践する
 ・仲間や家族、友人とまめに連絡をとる 
などを意識して、自分へのケアが後手にならないようにしましょう。
心身のケアは、あなた自身のためだけでなく、被災した人々への支援にもつながります。
posted by 発行人 at 21:08 | Comment(0) | ニュース | 更新情報をチェックする

避難者の受入と計画停電

<さいたま市の図書館員から情報いただきました>

さいたま市では3月17日からスーパーアリーナに福島からの避難者の受け入れが始まりました。図書館の職員が担当で出ています。寄贈本や除籍本から絵本などを持っていきました。
http://www.saitama-np.co.jp/news03/18/01.html

おはなし会などもしたいと思っていますが、現在は受け入れと食事など基本的なことで精一杯で、かえって迷惑になるということで遠慮しています。

私の勤務地から近いので、本日も寄贈本を持って出動しました。近隣の地図にコインランドリーや銭湯、調剤薬局などの情報を書き入れたものを作成し、壁に貼ってきました。本を並べていると、子どもたちが折った折り紙を見せに来てくれたりして、やはりおはなし会もできるといいなと思いました。

ボランティアも続々集まっているようですが、いまのところできることはないということで、登録だけしてお帰りいただいていました。

とても人が暮らせるような空間ではないため、早急に「住めるところ」を確保しなくはいけません。あんなところに10分横になったら腰痛で立ち上がれないでしょう。

当館の隣に昨年11月に県の法務局ができました。一昨日から中にある入国管理局に長蛇の列です。
http://www.saitama-np.co.jp/news03/18/08.html

図書館の周りもグルリと列ができ、図書館内で交代で休憩するらしく外国人の方がいっぱい。登録して本を借りていく人もいますが、壁のコンセントで次々携帯に充電するのは困りもの。トイレも大賑わいです。いつまで続くのでしょう。

ついでに計画停電について。停電中も開館しますが、貸出は中止しています。当館は今日3時半〜閉館まで停電しましたが、苦情もなく、暗くなってもみんな窓のそばで本を読んでいて忍耐強い。貯水タンクが空になってトイレも使えなくなりました。
posted by 発行人 at 21:00 | Comment(0) | ニュース | 更新情報をチェックする

被災地の学校図書館から

<学校図書館問題研究会さんから情報いただきました>

みなさまおはようございます。福島は今日(3月19日)は晴れそうですが、朝はかなり冷え込みました。

原発関係ですが、各種ニュースやネットでの情報を見る限り、当面数カ月単位で対策を続けなくてはいけない状況なのかな、という感触を持っています。

現地近くの自治体は、町民や村民が全員避難し、全国のみなさまのお近くでお世話になっている方もいるかと思います。その中には、学図研の会員もいます。
http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/news/20110319k0000m040156000c.html

特に関東圏は物資の手に入りづらさ、計画停電などで地元の方たちも日常生活に支障がある中の受け入れとなり、本当にありがたく思っています。

避難しているみなさんは、先行きの見えない中で次に自宅に戻れるのはいつか、もう一生自分の家に帰ることはできないのではないか、という深い不安をもちながら避難している事と思います。

しかし、残念なことに中には行った先で放射能・放射線に対する無知から心ない言葉を言われることもあるようです。

みなさまにお願いがあります。できましたらそれぞれの図書館や職場で、正しい知識が伝わるよう資料の収集と提供をしていただきたいのです。

現在、私は図書館の現物にあたって適切な資料を得られる環境にはありません。
インターネット上ではいくつかの資料を見つけました。

カリフォルニア大学サンタバーバラ校BenMonreal教授がわかりやすい資料をつくり、日本語訳がされてPDFで公開されています。
http://ribf.riken.jp/~koji/monreal.pdf

また、ニュートンでも無料で放射能・放射線に関する情報を公開してくださっています。
http://www.newtonpress.co.jp/

現在進行形の出来事を理解する資料として、次代を担う子どもたちに、それぞれの年齢に応じた形で伝えていただければ幸いです。
posted by 発行人 at 20:48 | Comment(0) | ニュース | 更新情報をチェックする

2011年03月14日

福島から

福島県立安積黎明高校図書館の鈴木史穂です。たくさんの方から地震のお見舞いをいただきました。ありがとうございました。

私がお知らせしている情報は、福島県の郡山市や福島市の情報です。しかも、私のごく身近なところだけです。全貌ではありませんので、注意してお読みください。

TV等でも報道されているように、被害はもっともっと深刻です。本当にひどい災害にあわれた方々は、情報を発信できないと思います。

ようやくネットにアクセスできました。11日は、学校で授業中に被災しましたが、生徒たちは全員無事でした。吹雪の中、校庭に逃げました。

学校の壁が崩落。図書館は書架が倒れ、本が飛び出し、足の踏み場もありません。パソコンがいくつも机から落ちました。停電のため、学校では、懐中電灯やトランシーバーを使いながら、生徒たちが無事帰宅できるまで、見送りました。

電車が動かず、職場から40キロ以上離れた自宅まで帰るのに時間がかかり、自宅では停電と断水。学校のある郡山市から福島市まで車で帰る先生に乗せてもらって帰りました。

朝からガソリンスタンドは長蛇の列で、1台10リットルまでと制限して販売しているところもあったそうです。電車が動かず、電話もなかなか通じず、安否を確認するには車で動くしかありません。

災害時、ラジオ情報が地域情報を知る上で、有用だということがはじめてわかりました。災害用伝言ダイヤルのかけ方、避難場所、開いているスーパー、水がどこでもらえるかなど、ローカル情報を得ることができました。

12日は、あちこち崩れて通行止めになった道路を迂回しながら車を運転して学校に行きました。

被災した日の夜は、携帯もつながらず、停電でラジオだけがたよりでした。暗く、寒い夜、日の出を待ちわびました。

津波の映像をTVで見ることができたのは、地震のあった翌日です。

福島(東北)では、電車が運行していません。郡山駅は駅自体にも崩落の危険性があるそうです。

自宅のある福島市から職場のある郡山市まで、崩れた道を迂回しながら車で行ったその帰り、電車で伊達市(福島市の隣の市)に帰れず、郡山で足止めされていた福島県立田村高校の司書をピックアップして帰ってきました。

このとき、待ち合わせの連絡をしようとして携帯から携帯に電話をしましたが通じず、携帯からメールを送ったところ、届くまで6時間もかかりました。

携帯のメールには、送信から着信までに時差が生じることがあるようです。避難している場所に学校の電話から直接電話をかけて、待ち合わせることができました。

隆起したり、陥没したり、崩れたり、水が出ていたりして通行止めになっている道路があり、渋滞に何度もあいました。通常、1時間で帰れるところを、5時間かかって帰りました。

13日は日曜だったためか、車で動いている人は昨日より少ないようでした。ガソリンがなかなか買えません。いざというときのために、できるだけ車を使わずにいるのだと思います。車を使わず、自転車や徒歩でスーパーやコンビニに出かけている人が多いようでした。

販売数に制限を設けているところもあるようですが、私が行ったコンビニでは、制限がありませんでした。でも、みんなが困っているので、買い占める人はいません。

原発事故もおこってしまいましたが、まわりの人たちとはげましあって、がんばります。
posted by 発行人 at 13:07 | Comment(3) | ニュース | 更新情報をチェックする

2011年03月11日

3月11日三陸沖→東北地方太平洋沖地震についての情報をお寄せください

2011年3月11日14時46分頃 三陸沖を震源とする大規模な地震が発生しました。また、15時15分頃、茨城県沖を震源とする地震が発生し、その後も余震が続いています。

この地震について図書館関係者の皆さまからの情報を収集しています。被害状況、開館状況等をコメントしてください。中越地方の地震についても情報を収集しています。この間に起こった地震の情報であれば書き込んでください。

なお、savelibrary @ ウィキ - 東日本大地震による図書館の被災情報・救援情報でも情報を集約していますので、こちらのページでも、編集>このページの編集で情報を追加してください。
posted by 発行人 at 15:21 | Comment(70) | ニュース | 更新情報をチェックする

2011年02月11日

高知県立図書館と高知市民図書館の一体整備についてのパブリックコメント開始

高知県立図書館と高知市民図書館の一体整備についてのパブリックコメントが始まりました。

http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/310401/pubcom.html

「基本構想中間報告書(案)を取りまとめましたので、県民の皆さまからご意見を募集」とありますが、県民でなくとも意見できるようです。

意見公募の期間は、平成23年2月9日(水曜日)から平成23年3月8日(火曜日)まで。

全国の図書館に関係ある問題です。
高知にとっても、全国からの意見はきっと参考になるでしょう。

「高知の図書館を考える県民の会のブログ」で、今までの経緯がわかります。
http://blog.ap.teacup.com/kochinotoshokan/
posted by 発行人 at 10:44 | Comment(0) | ニュース | 更新情報をチェックする

2010年12月18日

今月の島根県立図書館「図書館だより」

<島根県の会員さんから情報いただきました>

今月発行の島根県立図書館「図書館だより」第191号の巻頭言で『「子ども読書県しま
ね」で伝えたいこと:島根県知事 溝口善兵衛』と、知事が文書を寄せています。

県立図書館報に知事の文書が載るということは全国的に見ても非常に珍しいことと思い
ましたので、ご紹介します。

http://www.lib-shimane.jp/guide/user_guide/library_news/191.html
posted by 発行人 at 11:15 | Comment(0) | ニュース | 更新情報をチェックする

2010年12月10日

鎌倉市図書館電子図書館モニター参加受付のお知らせ

神奈川県鎌倉市では、総務省の平成22年度「新ICT利活用サービス創出支援事業」採択事業の一環として、ビジネス支援図書館推進協議会、日本ユニシス、ミクプランニングと共同で電子図書館の実証実験を始めました。

Webでの体験ができるモニターを募集中です。鎌倉市に限らず、どこにお住まいの方も申し込めるとのこと。今のところ30〜40才代の参加が多いようです。高校生など若い人にも参加してもらえると良いですね。

申し込みや詳細は下記ページとなっています。
http://www.mata-tavi.jp/cgi-local/kamakura/0/st1.cgi

新聞等でも取り上げられました。
http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/kanagawa/101203/kng1012030018003-n1.htm
http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1011180005/
posted by 発行人 at 12:49 | Comment(0) | ニュース | 更新情報をチェックする

2010年09月13日

緊急!県立図書館単独整備を求める署名

<高知の図書館を考える県民の会さんから情報いただきました>

高知県立図書館と高知市民図書館本館とが、合築・合同整備されようとしています。

私たちは、この構想では、県立図書館、市立図書館双方の本来の機能発揮が損なわれる、県立図書館に必要な大きな駐車場や書庫のスペースが確保できない、今後の図書館サービスの向上に不安があるなどのことから、県立図書館の単独整備を求める署名を集めることにしました。

どうぞ印刷して、ご協力下さい。署名は手書きでお願いします。送付先は下記です。第一次集約は9月21日までです。

http://blog.ap.teacup.com/kochinotoshokan/2.html
posted by 発行人 at 19:18 | Comment(1) | ニュース | 更新情報をチェックする

2010年08月31日

[高知]県立・高知市民図書館の合築問題

高知県立図書館が整備のしかたで揺れています。

県市連携会議:県立・高知市民図書館の合築問題 「一体型」建設で一致 /高知
毎日新聞 2010年8月25日 地方版
http://mainichi.jp/area/kochi/news/20100825ddlk39010609000c.html

上記の記事でも紹介されている県庁ホームページを見ただけでは、県庁所在地における図書館の一つの方策にすぎないように見えます。
実際のところはどうなのでしょうか?
県教育委員会では9月末まで意見を募集しているので、いろいろな声が集まるとよいですね。

高知県庁ホームページ - 新しい県立図書館整備に関する報告書等について
http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/310401/library-report.html

なお、県立図書館はすでに次のような提言を出しています。
今回の報告書はあり方については提言をなぞり、整備のしかたについては合築を前提にしたような書き方をしています。

高知県の図書館行政のあり方
http://www.pref.kochi.lg.jp/~lib/oshirase/toshokangyousei.pdf
posted by 発行人 at 23:25 | Comment(2) | ニュース | 更新情報をチェックする

2010年05月24日

口蹄疫は他人事ではない

口蹄疫の流行の大きさ、脅威は連日報道等でなされているように非常に深刻です。
宮崎県のみなさんに心からのお見舞いを申し上げるとともに、一刻も早い事態の終息を祈っています。
 
宮崎県内で口蹄疫の被害の大きい地域の図書館(室)は休館(無期限)の措置をとっています。
また、休館する前まで駐車場の消毒や靴裏の消毒、手指の消毒を行っていたそうです。
もちろん人の集まる行事や各種教室も延期になっていますし、図書館に限らずあらゆる施設が利用を停止しています。
宮崎県立図書館も協力車や移動図書館車の運行を中止し、行事の延期を行っています。

このことから、口蹄疫の流行は、決してウシやブタを飼っている畜産家や一部地域の問題ではなく、生活に関連するすべてに大きな影を落とすということが言えます。

口蹄疫が、いつどのように宮崎に入り込んだのか誰も分かりません。ということは今後、別な地域での発生もあり得るのです。
図書館としてできることはなにか、やらなくてはならないことはなにかを考え、危機が目の前に迫っていることを認識してください。
また、宮崎県の人たちに対して私たち一人一人が応援していくことも大切なのではないでしょうか。

口蹄疫に関する情報です。

【特集・口蹄疫】9年前の英国の悲惨な経験を繰り返すな!(47NEWS)
http://www.47news.jp/47topics/e/159688.php

口蹄疫が見えるリンク集(中央畜産会)
http://jlia.lin.gr.jp/cali/fmd/

動物衛生研究所
http://niah.naro.affrc.go.jp/index-j.html

(中沢孝之)
posted by 発行人 at 13:12 | Comment(0) | ニュース | 更新情報をチェックする

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