自動車で行けば片道40分ぐらいですが、この通勤方法ではバスとの乗り継ぎで片道1時間30分かかります。
電車に乗っている時間は、片道37分で、往復74分です。
実は、この時間が私には読書をしたり勉強したりする時間になっています。
幸い、通勤は都市部から郊外への通勤で、多くの人と反対の方向に向かいますので、100%座れます。
それどころか、がらあきです。
今は冬ですから、電車に乗る前に自動販売機で100円のホットレモネードを買って、手をあたためながら座席に座ります。
電車の中で読んだ本と雑誌は、この12年間で何冊になるかわかりませんが、かなりの冊数になることは間違いありません。
74分ありますから、ちょっとした本は家に帰って続きを読めば1日で、そうでなくても2日で読んでしまいます。
長い時間を要する本でも1週間で読めます。
振り返ってみれば、自分にとって役立った本は、100冊のうちで1冊の割合でしょうか。
考えてみれば無駄なことの繰り返しと言えるかもしれません。
この1年間は、英語をスキルアップしようと、電車の中ではずっと英語の語彙を覚えるか、英字新聞を読んでいます。
ヒアリングのほうは、家に帰ってからかなりの時間を使いましたが、実力はあまり伸びません。
でも、英語を読むスピードは、かなりつきました。
「通勤中に英語を勉強している」と友達のセルビア人の大学生に言うと、「英語が、あなたの仕事に何か役に立つのか?」と言われてしまいました。
そこで、「私の英語学習は朝の散歩みたいなものだ」と答えておきました。
「英語なんか、やめておけ!」というセルビアの大学でドイツ語を専攻する彼は、若いのにほぼ完璧な英語の力があります。
日本人の多くはセルビアってどこにある国かもわからないでしょうね。
さて、私が仕事をしている図書館は田舎にある小さな分館なのですが、英語圏から来ているレギュラーの利用者がふたりいます。
私は「はい、返却OKです」と「はい、どうぞ」というのを英語で言います。
一応、仕事で英語を使っていると断言したいところですが、この「一つ覚え」しか言わないのでは、ちょっと無理がありますね。
それでも、英語学習が図書館の仕事で役立っていると言えることが、ひとつだけあります。
それは、「英語(外国語)は難しいということがわかる」ということです。
日本語でない、よく理解できない別の言語を学ぶことによって、リテラシー(読み書き能力)には莫大な量が必要だということがわかりました。
そこから、図書館の仕事の意義が理解できました。
「なぜ、無料で多くの図書を市民に提供しなければならないのか」がです。
やはり、図書館は「知恵」の基盤です。
そのためには図書館の質と量が必要です。
電車通勤も読書も、「無駄」だと思えば無益な行為です。
でも、その無駄から「大きな何かの糧」が生まれるのですね。
セルビア・クロアチア語でありがとうは「Hvala(フヴァーラ)」と言います。
そんな言葉、普通の人は知っていてもなんの役にも立ちませんね。
何事も、無駄かどうかは人それぞれです。
(広島支部 明石 浩)

